今日のひとこと♪

中学3年生の国語の教科書用に書き下ろされた

山極 寿一さんの 『作られた「物語」を超えて』という作品があります

 

「私たちは、野生動物の行動を誤解することがよくある。」という書き出しのこの作品、

ライオンやトラを凶暴な動物、キツネやタヌキをずる賢い動物と見なしていた。・・・のは、・・・人間に都合のいいように解釈してきた・・・いわば、人間が作った「物語」で・・・このような「物語」は動物たちに大きな悲劇をもたらすことがある。

 

筆者が

 

研究しているゴリラはその格好の例である。

 

凶暴で好戦的な動物と見なした。それは、二足で立ち上がり、てのひらで交互に胸をたたくドラミングと呼ばれる行動を、戦いを宣言していると解釈したからだった。

 

群れの中に入ってじっくり観察できるようになると、このイメージは人間によって作られたもので、大きな間違いであることがわかってきた。

 

ドラミングはゴリラにとって・・・自己主張であったり、呼びかけであったり、不満や挑発であったり、いろいろな意味をもつ・・・

 

・・・こうした誤解に基づく「物語」は、人間の社会にも悲劇をもたらす。何気ない行為が誤解され、それがうわさ話として人から人へ伝わるうちに誇張されて、周りに嫌われてしまうことがある。

 

・・・今でも世界各地で争いや衝突が絶えないのは、互いに相手を悪として自分たちに都合のよい「物語」を作りあげ、それを世代間で継承し、果てしない戦いの心を抱き続けるからだ。どちらの側にいる人間も、その「物語」を真に受け、反対側に立って自分たちを眺めてみることをしない。

アフリカの森で暮らすゴリラの調査を通じて、私は人間の、自然や動物、そして人間自身を見る目がいかに誤解に満ちているかを知ることができた。その誤解を解くためには、相手の立場に立って、一つ一つの行動にどんな意味があるかを考えることが必要である。人から伝え聞いた「物語」と実際に自分が向かい合っている現象とを照らし合わせ、これまでの常識を疑ってみる態度も必要となる。「物語」によって作られた常識の陰に、しいたげられている生き物や人間がいないか、意味を取り違えて排除していることがないか、思いを巡らすことが大切だと思う。

ドラミングが戦いの宣言だという「物語」の誤解を超えた先には、「ゴリラが人間とは別の表現を用いて平和を保っている」という私にとって新しい価値をもつ豊かな世界が広がっていた。

 

・・・話を作り、伝える能力は、言葉をもった人間に多くの仲間と交流できる世界をもたらした。・・・だからこそ、自分勝手な独りよがりな解釈を避け、常識を疑う。何より自分を相手の立場に置き換えて考えてみる視点が重要である。作られた「物語」を超えて、その向こうにある真実を知ろうとすることが、新しい世界と出会うための鍵なのだ。

 

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自分に都合のよい「物語」を作って、相手を見てしまう。。。

相手ときちんと向き合う。というのはもちろん、自分ときちんと向き合うことがまず必要なのでは・・・とも思える。

自分がわからずに相手に向き合ったところで、自分勝手な独りよがりの接し方をしているかもしれない

考えさせられる文章でした

 

教科書・・・って、おもしろくない と思っていましたが、今、機会を得て子ども達と一緒に読んでみると、いろいろと気付かされ、考えさせられます

 

気付き、考えるチャンスは本当にどこにでも転がっていて、掴むも逃すも自分次第なんです

これからもいろんなチャンスを掴んで、気付いて、考えて、自分を広げていけるといいなぁ

 

えすぺらんさ K